『ホテルムーンビーチ』と『赤い衝撃』

今回の沖縄旅行、『ホテルムーンビーチ』二回目の利用で、さらにこのホテルの大ファンになってしまった我々夫妻。
ゴージャスなホテルなら他にいくらでもあるし、最新どころか1975年創業の老舗で、修学旅行にも利用されています。ただそれだけでは無いのです。

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開放的なピロティや吹き抜け構造を活かした作りと自然との一体感、建築全体が居心地の良いアート作品のよう。後継者によってセンスの無い改装をされたり、変チクリンな張り紙だらけになったりした、悲惨なモダン建造物が山のようにある中、モダニズムを理解した経営を継続されている点も大きいですね。和やかなホスピタリティやサービスの良さも。

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デザインに関しては、広報誌やお水のペットボトルにまで、センスの良さがうかがえます。

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ホテル内部に使用されている床タイルや壁面装飾は創業当時からのものですね。素敵だなぁ。

こちらを設計されたのは、こちらのホテルを起業した、國場 幸一郎 の弟・ 國場 幸房 率いる国建の方々 。1975年の沖縄海洋博に向けての一大プロジェクトで、著名な建築家どころか世界のリゾートを研究し、それを超える意気込みで挑まれた日本初のリゾートホテルになります。現在でも建築業界からの視察は絶えません。DOCOMOMOjapanの選定による「日本におけるモダン・ムーブメントの建築208選」にもホテルムーンビーチが選ばれました。

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そんな素晴らしいホテルムーンビーチですが、開業当時は資金繰に苦労されたそうです。日本航空や全日空、旅行代理店が沖縄キャンペーンを始めてから好転して行くのですが、その起爆剤になったのが、三浦友和と山口百恵主演の大人気テレビドラマ『赤い衝撃』のロケ地となったことなのです。

『赤い衝撃』で、ムーンビーチをロケ地に撮影したという話が舞い込んできた際、少しでもムーンビーチの宣伝になるならよいだろうと、一行の宿泊費と食事代金無料の条件を飲んで、そのなかにムーンビーチの名前を入れてくれるということで承知したそうです。
 三週間(第19話、20話、21話)の放映が終わった頃、那覇空港から「小学四年生の女の子が家出してきてムーンビーチに行きたいと言っています。親を呼んでいますが一応お知らせします」と電話がきたそうです。
 「そんな殊勝な子がいるのであれば招待しなさい」と社員を空港に迎えに行かせ、迎えに来た親ともどもホテルに招待したのです。この出来事は新聞やテレビで繰り返し報道され、ホテルムーンビーチは純粋な少女の夢を叶えたホテルとして大ブレイク。 ハネムーン客を中心に、沖縄リゾート観光が一気に加速しました。

ドラマの撮影は1977年の2月ごろのようです。2019年現在、ホテルの改装などはありますが、当時の面影を見ることができます。
主に『赤い衝撃』第20話「涙の恋 サンゴ礁の海に散る」より。

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©️大映テレビ、TBS
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大山友子(山口百恵)、新田秀夫(三浦友和)が語り合うムーンビーチの浜辺は、現在でもほぼそのまま。


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©️大映テレビ、TBS
ドラマ中何回か出てくる、ホテルムーンビーチ入口。塗り替えや細かな改装はされていますが、こちらも当時の面影があります。


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©️大映テレビ、TBS
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©️大映テレビ、TBS
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新田秀夫(三浦友和)に、大山豪助(中条静夫)が突き落とされり、大杉ミサコ(木内みどり)が泳いでいたプールや、その近くの螺旋階段も健在です。

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©️大映テレビ、TBS
そしてフロントの向かいで、大山友子(山口百恵)、新田秀夫(三浦友和)が佇むカットでは、今は無くなったり改名された施設名を見ることができます。